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大阪地方裁判所 昭和48年(わ)1574号 判決

主文

被告人を懲役三年六月に処する。

未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

押収してある白色粉末一九袋(昭和四八年押第五七八号の二、三)は没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、昭和四七年八月二四日正木義則から覚せい剤粉末の売主を紹介してもらいたい旨の依頼を受けてこれを承諾し、同日午後二時三〇分ころ、大阪市東住吉区加美新家町三七の一麻雀「クラブ朝日」こと金尚鎬方から同市南区西櫓町五番地喫茶店「アメリカン」にいた通称荒井某に架電し、同人に対し前記正木に覚せい剤粉末を譲り渡してもらいたい旨依頼し、よって右正木が法定の除外事由がないのに同日午后七時ころ大阪市西成区西今船町五番地松田ロータリー付近路上において前記荒井からフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤粉末約一一・五グラムを代金一七万円で譲り受けた覚せい剤取締法違反行為を容易ならしめてこれを幇助した

第二、日本人であるが、

(一)、自己が昭和四七年一〇月九日に起訴された刑事事件(判示第一の事実)で保釈中の身であり、韓国旅行の許可が得られないことを危ぐし、知人栗山稔に無断で同人になりすまして不実の旅券の発給を得たうえ、不法に出国しようと企て、昭和四七年一二月八日、大阪市東区大手前之町二番地所在の大阪府庁総務部外務課において、情を知らないパコダ海外旅行社従業員を介し、大阪府知事を経由して外務大臣に対し、韓国を渡航先とする一般旅券の発給を申請するに当たり、一般旅券発給申請書用紙の本籍欄に東大阪市衣摺一、一八一、氏名欄に栗山稔、生年月日欄に昭和一七年九月二二日などと虚偽の記入をしたものに栗山稔の戸籍謄本、住民票及び被告人自身の写真を添えて、これを右外務課係員佐伯正寿に提出し、情を知らない同課係員をして、右申請に基づき、外務大臣官房領事移住部旅券課に右申請書を回付させ、もって公務員に虚偽の申立てをし、よって同四七年一二月一一日、前記外務課において、同課係員をして前記申請に基づき、外務大臣が発行する一般旅券に前記写真を添付させ、同旅券の名義人を栗山稔とする虚偽の事実を内容とする不実の記載をさせたうえ、韓国を渡航先とし、数次往復できる旅券(番号PME四六三五八〇)を発行させ、同月二一日及び同四八年二月三日の二回にわたり、大阪府豊中市螢ヶ池西町三丁目五五五番地大阪国際空港において、そのつど同空港入国審査官に対し、右不実を記載した旅券を真正なもののように装って呈示行使し、真正な旅券に入国審査官の出国の証印を受けることなく、同空港から、航空機で、本邦外の地域である韓国ソウルに向け、それぞれ出国した

(二)、営利の目的で、韓国から覚せい剤を輸入するとともに関税を免れようと企て、昭和四八年二月七日、韓国内において、フェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末五七一・二グラムを、ビニール袋一八袋に小分けして紙巻たばこ「ポールモール」の箱一八箱に分散収納し、それを「ポールモール」一〇箱入り用カートンケース二個に各九箱ずつ格納したうえ、紙製ショッピングバッグ最底部に隠匿して携帯し、金浦空港から、ノースウェスト航空〇〇六便航空機に搭乗し、同日午後五時五〇分ころ、前記大阪国際空港に着陸し、同空港内伊丹空港税関支署旅具検査場において、通関手続として旅具検査を受けるに当たり、覚せい剤を隠匿所持していたのにもかかわらず、同支署係員に対し、その事実を秘匿し、ショッピングバッグの中味は朝鮮人蔘茶、のり及びたばこである旨虚偽の申告をし、もって覚せい剤を輸入するとともに、偽りその他不正の行為により、右覚せい剤に対する関税三万二、四〇〇円を免れた

第三、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、昭和四八年二月七日ころから同月一九日までの間、大阪市都島区都島本通一丁目一番地先路上等において、フェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末一九袋(計五七一・二グラム)を所持していた

ものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(累犯前科)

被告人は昭和三七年四月三〇日大阪地方裁判所で殺人、窃盗罪により懲役五年以上七年以下に処せられ、昭和四三年一一月三〇日刑の執行(仮出獄期間満了)をうけ終ったものである。

右事実は≪証拠省略≫によって認める。

(法令の適用)

一、判示所為

第一は昭和四八年法律一一四号(附則七項)による改正前の覚せい剤取締法一七条三項、四一条一項四号、刑法六二条一項

第二の(一)は刑法一五七条二項、一五八条一項、出入国管理令七一条、六〇条二項

同(二)は前同覚せい剤取締法四一条の二、四一条一項一号、一三条、関税法一一〇条一項一号前段

第三は前同覚せい剤取締法四一条の二、四一条一項二号、一四条一項

一、牽連犯・観念的競合

判示第二につき刑法五四条一項後段、前段、一〇条(一罪として最も重い(一)二月三日の出入国管理令違反、(二)覚せい剤取締法違反の罪の刑に従う)

一、刑の選択

所定刑中懲役刑

一、累犯加重

刑法五六条一項、五七条

一、従犯の減軽

同法六三条、六八条三号(判示第一)

一、併合罪の加重

同法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も重い判示第二の(二)覚せい剤輸入の罪の刑に加重)、一四条

一、未決算入

同法二一条

一、没収

前同覚せい剤取締法四一条の五

一、訴訟費用

刑事訴訟法一八一条一項但書

(弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人は判示第一の事実はその本位的訴因との間に公訴事実の同一性がないと主張する。

本位的訴因は「被告人は通称荒井某と共謀の上、法定の除外事由がないのに、昭和四七年八月二四日午後七時頃、大阪市西成区西今船町五番地通称松田ロータリー付近路上において、正木義則に対しフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤粉末約一一・五グラムを代金一七万円で譲り渡したものである」というのであり、予備的訴因は判示第一の事実と同旨である。

いま両訴因についてみるに、本件覚せい剤粉末約一一・五グラムが、昭和四七年八月二四日午后七時頃大阪市西成区西今船町五番地通称松田ロータリー付近路上において譲り渡し譲り受けされたこと即ちその日時、場所、覚せい剤の数量において全く同一であることが明らかである。そして少くとも荒井と正木間に右覚せい剤の譲り渡し、譲り受けがあった点は両訴因において少しも変っていない。

被告人がこれに関与した態様において相違があるにすぎない。即ち本位的訴因においては被告人は荒井と共謀のうえ正木に本件覚せい剤を譲り渡したというのであり、予備的訴因においては被告人は正木が荒井から本件覚せい剤を譲り受けるにあたりこれを幇助したというにすぎない。被告人が荒井と正木のどちら側にどの程度加担したかというだけの相違にすぎないから基本的事実は同一であり公訴事実に同一性ありといわねばならない。

これを本件証拠に徴してみるに、正木は当初本件覚せい剤を被告人から買ったと云っていたが、これが次第に弱くなり、売り手側には被告人ともう一人の男即ち荒井がいたと云い、覚せい剤の手交をうけたのはこの荒井からであると云い、最后には本件覚せい剤はこの荒井から買い、被告人にはその仲介を頼んだというのである。右経緯に徴しても公訴事実の同一性を否定すべき要素を認めることはできない。

二、弁護人は覚せい剤の輸入は絶対的に禁止されているからその関税ほ脱罪は成立しないと主張する。

たしかに覚せい剤取締法一三条は覚せい剤の輸入を絶対的に禁止している。このように輸入を絶対的に禁止しているものについては課税して関税を納付させることはないであろうし、国はそもそも課税の対象から除外しているものと考えることもできる。かくして覚せい剤の輸入は課税権侵害の罪を構成しないと解する説が生ずる。この説においては関税法一一〇条のほ脱罪の成立は否定しても、同法一一一条の無許可輸入罪の成立を肯定すれば実際上の不都合は少ないであろう。

しかし、覚せい剤取締法は保健衛生上の見地から覚せい剤の規制を行うことを目的とするものであり、関税の確保ないし通関秩序の維持とは直接関係するものではない。他の法令による輸入禁制品を関税法上どのように取り扱うかは専ら関税法体係によるべきである。関税法は同法上の禁制品(同法一〇九条)とそうでないものとに分けている。後者については輸入制限貨物等についても課税を予定している。してみると覚せい剤についても課税を妨げるものではないといわねばならない。(関税定率法別表番号二九・二二および二九・四二、関税法一一八条三項一号ロ四項参照)

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 惣脇春雄)

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